8. HIV感染症
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1. はじめに
2015年末現在、世界のHIV感染者数は3670万人、新規HIV感染者数は年間210万人、HIV関連の疾患による死亡は年間110万人 わが国では2015年に1006件の新規HIV汗腺があり、先進国の中で唯一、新規感染者数のコントロールが出来ていない
わが国での新規感染の22.1%が異性間の性的接触、77.9%が同性間の性的接触
仮に25歳でHIV感染症と診断された場合、適切な治療を受ければ、皿に約40年の生命予後が期待される
ただし、診断時にすでにAIDSを発症している症例では、今もなお予後不良 このため、初診医が確実に感染を診断することは難しい
ハイリスクグループに属していると認識されている患者でさえ、プライマリ・ケア医の受診時には4人に1人しか、急性HIV感染症と診断されなかったとの報告もある しかしながらHIV感染者を早期に発見することは、適切な治療の導入につながり、患者の予後に大きく影響する
発見時にステージの進んでいるHIV感染者は明らかに予後が悪く、抗HIV薬に対する反応も悪い
早期発見できれば抗HIV薬によりAIDS発症が予防できるため、医療費の抑制に寄与することになる
さらには、患者教育による行動変化と治療によるHIVウイルス量低下の両方により二次感染が予防できる利点もある HIV感染症の可能性を想起し診断することが、患者の予後を改善し、今後の感染拡大を防ぐために重要
2. 感染者の特徴
医者が外見から患者の性的嗜好を判別するのは困難であり、「見た目のHIV患者らしさ」の有無で検査の必要性を判断してはいけない
「身に覚えがありません」を信じないこと
HIV感染症と診断された患者の過去の病歴を調べ直すと、梅毒・急性B型肝炎・帯状疱疹等、HIVに関連していると思われるエピソードを有していることが少なくない 当院初診HIV患者の116名の、実に51.7%がTPHA陽性であった この時期に梅毒を見逃すと、長い無症状期に入ってしまう
貝の生食の問診ばかり重要視されているが、HIV抗体検査の必要性が周知されていない また、HIV感染者の約25%に帯状疱疹の既往歴があるとの報告もある 3. HIV感染症の診療
HIV/AIDS患者を診療する機会としては下記3-1, 3-2が多い
今後の感染者の増加により、わが国では3-3の状況も増えるだろう
3-1. 急性HIV感染症
HIVの新規感染時には40~90%の感染者に症状を認める
一般的にはHIVに曝露後2~6週間で出現し、1~2週間以内に改善する
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原因
マサチューセッツ総合病院で、伝染性単核球症疑いとしてEBウイルスの抗体の検査を受けた患者563名の保存血清を後から検査したところ、7名(1.2%)が急性HIV感染症と診断された
当科で日本人成人の伝染性単核球症の原因ウイルスを検索したところ、3%がHIVによるもの
急性HIV感染症に対し抗HIV薬を開始することは、急性期の症状緩和や、疾患の進行遅延、ウイルスの増殖の抑制、CD4陽性リンパ球数の回復促進等の観点から海外のガイドラインでも推奨されているが、治療開始時期は社会的要因や心理的要因も考慮して判断すべき 3-2. 日和見感染症発症(いわゆるAIDSの状態)
急性期を過ぎたHIV感染者は、発熱・発疹・咽頭痛等の症状が自然軽快し、自他覚的に無症状となる AIDS患者に合併している日和見感染症は1種類とは限らないので、慎重に診断する 3-3. HIV感染症が既知の患者
しかし、HIV感染症患者ではほぼすべての悪性腫瘍の発生率が上昇することも指摘されており、近年はAIDS指標疾患以外で死亡する症例の割合が増えている CD4陽性細胞数が200/μL以上の場合には、一般的な手術の施行が可能とされている
緊急腹部手術などで経口抗HIV薬が投与できない場合、早急に専門医に相談するべき
一部の薬剤のみを継続することは薬剤耐性を誘導する可能性があり、厳に避けるべき 針刺し事故等の早期(数時間以内)に抗HIV薬を内服することにより、感染のリスクを減少させることができる
救急・ERでは、初回内服分の抗HIV薬がすぐに入手できる状態にしておくべき
4. 治療
4-1. HIV治療のポイント
抗HIV薬の進歩により、HIV感染者も非感染者と同等の生命予後が期待できる時代と鳴った
しかし、これには「正しく治療をすれば」という大前提
ARTの目標は、血中HIV-RNA量を検出限界以下に抑え込むこと
しかしながら、免疫能が改善してもARTを中止することはできない
不完全な治療は耐性ウイルスの出現を誘導するため、薬剤の選択は慎重に行うべきであり、患者の服薬アドヒアランスも重要 配合剤を用いた1日1回1錠の治療法
近年は新薬の開発が進み、複数の抗HIV薬を一つにまとめて配合剤とした錠剤も使用可能になっている
4-2. 抗HIV薬の投与開始は?
以前は副作用や服薬アドヒアランスの問題等から、CD4陽性細胞数が多いうちは治療開始を遅らせる傾向にあった
しかし現在は、CD4陽性細胞数を高く維持でき、HIV感染症に関連する心血管疾患や腎疾患・肝疾患のリスクを減らせること等が明らかになってきており、副作用の少ない薬剤が開発されていることからも、治療を早める傾向になってきている CD4陽性細胞数<200/μLの患者には治療開始が強く推奨されているが、推奨度が異なるにせよ、すべての患者に推奨されている
抗HIV薬の治療開始が最も強く推奨される患者
CD4陽性細胞数<200/μLの患者
日和見感染症を合併した患者の場合、HIVだけを治療すると「免疫再構築症候群」が発症し、全身状態が悪化することがある これはARTにより免疫能が改善したために、免疫が悪すぎて戦えなかった日和見感染症と戦争状態になることによって起きる
ただし、このような場合においても、現在では比較的早期にARTを開始する傾向にある
4-3. 治療効果の評価
治療の失敗
指示通りの内服をしていない
実際にはこちらのことも多い
このため、抜き打ちで薬剤血中濃度を測定することもある
内服をしていない患者を責めるのではなく、内服アドヒアランスが悪い理由を検討することが大切
治療開始が遅れた場合等の免疫能が破綻した症例で起こりやすい
4-4. 予防薬が必要な日和見感染症
HIV感染者ではST合剤による副作用の発現率が高く、投与開始から約2週間で発熱・発疹を来すことが多い
table: 表8-3 CD4陽性リンパ球数と発症し得る日和見感染症
CD4陽性リンパ球数 200~500 <200 <100 <50
5. その他のトピックス
5-1. HIV感染と精神神経疾患
50%以上のHIV感染者が何らかの精神神経疾患を抱えており、診療上で重要な問題となっている 頭痛も軽度であったり、亜急性の経過をとるため、診断が難しい 抗HIV薬の普及・進歩により外来治療中にHIV脳症へ進行することが減り、HIV脳症患者は5分の1程度に減少している
その反面、初発症状が発語の減少・意欲障害等、非特異的なこともあり、HIV脳症が進行してからHIV感染が診断される者が跡を絶たない HIV感染症が早期発見できれば適切に治療が導入でき、ADL改善の可能性が高まる 原因不明の精神神経症状を伴う患者を診察した時にHIV感染症を想起し、確実に早期発見することが肝要
HIV感染症専門医には、このための啓蒙活動を行うことが期待される
HIV脳症では、脳中のHIVウイルス量が重症度に関連するが、疾患特異的な検査がないため確定診断が難しい
HIV感染告知が精神状態に与える影響は当然のことながら大きい
また、わが国のHIV感染者の中にも違法な薬物の依存患者は少なくなく、これによる精神症状への影響も見逃せない
ただし、担当医の「違法な薬物を使っていませんか?」という質問に正直に答える患者はおらず、評価が難しい
当科の研究による日本でのうつ病有病率は、一般内科受診患者で5.4~7.4%なのに対し、HIV感染者では12.5%という高率だった
5-2. HIV感染症と脂質代謝異常
抗HIV薬の影響
多くの抗HLV薬は脂質代謝異常を引き起こす
HIVのウイルス自体による影響
特に臨床医にとって最も問題となるのは、抗HIV薬治療中に脂質代謝異常を認めた場合の選択
抗HIV薬を変更する
長所
脂質代謝異常治療薬が不要
費用
副作用
相互作用
短所
HIV治療の失敗
耐性HIVの出現
変更した抗HIV役の副作用
脂質代謝異常の改善が少ない
脂質代謝異常治療薬を追加する
近年は、脂質代謝への影響が非常に少ない薬剤も使用可能となっている
5-3. HIV感染症と骨代謝異常
身体活動の低下、サイトカインの影響等が示唆されているが、抗HIV薬による影響も大きい 5-4. HIV感染症と喫煙
喫煙率について、フランスではHIV感染者56.6%、非感染者32.7%という差異が報告されている 日本では一般成人男性の喫煙率が高いこともあり、当科のアンケート調査ではHIV感染者が40.2%、非感染者が36.6%であり、有意差を認めなかった
新たにHIVに感染した人の中で、喫煙者は60%、非喫煙者は39%と有意差があり($ p=0.03)、喫煙しているとHIVに感染しやすいと主張している専門家もいる 喫煙者はCD4が下がり免疫能が低下しやすいかについて、過去に16の研究がある
しかしながら、タバコの有害物質により免疫が異常に活性化されることもあり、この変化は証明されていない 喫煙しているHIV感染女性は、抗HIV薬の服薬アドヒアランスが悪いとの報告もあり、興味深い
5-5. HIV感染者とワクチン
ガイドラインによりHIV感染者には多種のワクチンの接種が推奨されているが、実際に摂取されている率は多くない HIV感染者=免疫不全患者としてワクチンが敬遠されている場合や、ワクチン接種費用が更生医療でカバーされないという経済的な側面も影響している 感染者への生ワクチン接種は注意すべきだが、その他のワクチン接種については問題がない
5-6. HIV感染症と妊娠・出産
新規HIV感染者のうち若年女性感染者が増加しており、今後HIV母子感染に携わる機会が増えると予想される HIV母子感染予防を適切に行うことで、自然感染率25~30%といわれるHIV母子感染を1%程度まで低減することが可能
現在の抗HIV療法ではHIVウイルス量を検出限界まで抑制することはできるが、根絶することは不可能であり、感染母体中の胎児は常に感染の危険に曝されている
しかし、多くの治験を基に母子感染予防は確立されつつある
HIV母子感染対策は主に下記の4つ
出生児への抗HIV薬予防投与
プラセボ群に対しAZT投与群では、母子感染率は有意差を持って66%低下した
また、AZT投与群の胎児の奇形発生率はプラセボ群と同じであり、AZT投与群の出生時における6歳までの観察で悪性疾患の発生はなく、平均4.2年間の観察で児の成長に問題はなかった この結果を受け、AZTを含んだ抗HIV療法が妊婦に推奨され、妊娠中と分娩前・分娩中、また出生時に対するAZT療法について「DHHSガイドライン2007」という周産期予防のプロトコールが確立された